「人魚?」

何気なくの口から漏れた言葉にうとうとしかけていた脳が覚醒した。
人魚。それは乙女の究極のロマンではないだろうか。
流れるような金糸の髪、造り物めいた美しい美貌で出会った者の心を魅了するという。
その甘美なまでの美しさといったら他に類をみないとか。
「……。俺なんとなくがなに考えてんのかわかるんだけどよ」
「いい加減犯罪くさいよな」
「ああ寧ろ虜になりたい、、次行くときは私も」
「「「却下!」」」
「即答か!」
三人にそろって却下を言い渡されたは不満を訴えようも
が行ったら今度こそ人魚は本気で逃げちゃいそうだもんね〜」
チープーの心なき一言によって敢えなく撃沈される。
同意するかのように首を縦に振る他のメンバーは気のせいだろうか。
「チープー、君は一体私のことをなんだと……」
この手のことになるとなんか変態くさいんだもん」
「おい猫!その無駄にでっかい目は節穴だな!?そこに直れ!!明日の夕食にしてやる!」
「ひ、酷いよ〜!!本当のこと言っただけなのに!それに僕はネコボルト!猫じゃない〜!!」
「本心なら尚悪いじゃん!」
逃げ纏う失礼なネコボルトを追いかけ回すを見て、苦労人ケネスはため息をこぼす。
せっかく目を覚ましたことに安堵していたというのに、
これなら寝ていた方が無害で良かったのでは、という考えが頭の中を過ぎったが、敢えて口には出さない。
自分から諍いの種は蒔くまい、苦労性故の分別である。それにいい加減にしないとそろそろ
「助けて〜」
「ななななななんでそこでに逃げるわけ卑怯者!」
ほら、見たことか…。ケネス青年、2回目のため息が零れた。
チープーが我らがリーダー、の後ろに逃げ込むのはいつもの事で、どうしてはそれを学習しないのだろう。
は留守番だな」
「え〜〜!!がまた一人で行くの?」
の抗議など天下のに届く筈もなく、冷たい目で一睨み
「そうさ。あまり大人数で行ってもまた逃げられてしまうだろ。」
とりつく島もない。の後ろでほっ、とため息を零しつつ勝ち誇った目での様子を窺うネコボルトが心底憎たらしい。
(お、覚えてろよ!!)
どの世界にも存在するやられ敵キャラのお決まりの捨て科白宜しく、何度この言葉を心の中で繰り返したことか。
それにの言うことはもっともで、ぐうの音も出ない。
一人で、美人に逢いにいくんだ」
このまま引き下がるのも癪だ、なんせもう二度とないかもしれないチャンスなのだから。
おもむろに落胆のため息をはきつつ、思わず零れた愚痴に思いの外が反応した。
蒼い瞳が、面白そうに細められる。

「なに、ヤキモチ焼いてるの?」
「・・・・・・・・・」

その発言に短い沈黙が訪れる。
四つの視線は当然一人の少女に注がれたまま。

「当たり前じゃん。」

思いがけない返答に更に場が静まり返った。
タルは口をあんぐり開け、ケネスはそれをたしなめることなく目を丸くしている。
チープーはしっぽと耳をぴん、と立たせてただでさえ大きな瞳をこれでもか、と開いての背中との様子窺った。
少女は照れるでもなく、いたって真剣な表情だ。

ばっかり美人独り占めなんて、ずるい!」

「「「「・・・・・・・・・・」」」」

ケネスは一気に場の空気が何度も下がった気がして本日三回目の大きなため息を零した。
(勘弁してくれ…)切にそう思う。

「あいつ、女じゃねぇ。」
ぼそり、と隣でタルは呟くのを耳にしながら恐る恐る赤いハチマキの少年を盗み見ると同時に

は留守番に決定」
にこり、ともせずに少年は宣った。















programma3 deriva 4 - 漂流 -













「横暴だ!別に減るもんじゃないし連れて行ってくれてもいいのに」
そう思わない?と、その後も納得いかず愚痴をこぼす少女を見てケネスは苦笑した。
今は達他のメンバーは各々の仕事をするためにここにはいない。
彼はに仕事を教えるように、と仰せつかった。ようするにお目付役だ。
「あのなぁ。だって何もお前が憎くて判断したわけじゃないんだぞ。」
最後の方は私情入ってたけどな。とこれは決して声に出しはせず、心の中に留めておいた。
口にすると後で怖い。言って良い事と悪い事とはしっかりわきまえている男、ケネス。賢明である。
それにしてもにはきっと男心なんてわからない。少しだけに同情するケネスだった。
「分かってるよ。あの洞窟は敵が出るから、私が行くと危ないんでしょ」
わかっていても釈然としないのだ。確かに自分は戦う術を持たない。
でもこのままそうやって達に守られているだけでいいのだろうか。
着いていく、なんて簡単に決断してしまったけど、すでにお荷物状態だ。
「わかってるんだったら、諦めろよ。」
「でも……。」
このままじゃいけない。このまま守られてるばっかりじゃ、何も変わらない。
「やっぱり人魚独り占めはずるいと思わない?」
変わらなければならない時期に来ているのかもしれない。
否、そんな時期なんてとっくに来ていたのに、気付かなかった―――逃げていたのかもしれない。
でも……

「………もういいから仕事しろよ。」
隣でがくり、とケネスが項垂れた。













力が欲しい。
この旅を通して、否もっと前から思っていた事だ。
なのにこうして先延ばし先延ばししてきたのは、やはり逃げていたから。
何から逃げていたのかはわからない。本能的に、考える事を止めていたから。
だけどもうそれも限界なのかもしれない。目が覚めた時、夢の事は忘れていたけど何故かそう気付いた。
もう逃げたままじゃいけない。
だとしたら、何から立ち向かうべきなのか、それを考えあぐねている。問題は山積みなのだ。
じりじりと照りつける太陽の光を浴びながら、青い海の地平線を見つめる。
涼しい潮風が、火照った顔をひんやり、と撫でていった。
ふと、熱の篭もった砂浜にしっかりと踏みしめている自分の足下を見ると
自分がそこに存在しているという証を見た気がして、安堵する。

ここにいることは夢じゃない。

何故かそんな当たり前の事が酷く心地良く感じた。
暑さと共にしっかりと砂に自分の足跡を残して歩く度に、一つ、また一つと様々な感情が
消えたり現れたりと頭の中をグルグルと駆けめぐる。

どうして記憶がなくなったのか。
考えれば考えるほど辿り着く原点はそこだ。記憶がなくなるほどの出来事があったのだろうか。
そもそも海岸に流れ着いたあたりが解せない。
何があったのだろう。
記憶がなくなった原因、そして流れ着いた自分。
考えようとするたびに響いた警告の鐘が、再び胸の辺りを締め付ける。
(なんだろうな、この気持ち)

モヤモヤと胸の辺りが気持ち悪い。
何かがつっかえているような、でもそれを取り除く事が出来ない事にもどかしさを覚える。
ずっと何かを忘れている。大切な何かを。
そしてそれを思い出すことを恐れている事も薄々気付いていた。

(いい加減、腹を括れ!)

このまま以居心地の良いの傍に、何も知らないまま居たいと思う。
だけどそれはきっと許されない事だ。今の現状に甘んじるのは、許されない。

(駄目駄目だなあ…私。)

許されないのに、求めてしまう。それは自身の甘さだ。
この世界では力のないものが一人で生きていけるほど甘くはない。
誰だろう、確かそんな事をかつて言った人がいた。
「だとしたら……。」

ふいに、突然視界が陰った。
なんだろう、さっきまで光を遮るものが何もない海岸を歩いていたつもりだけに、疑問に思って思考が一瞬停止した。
「あ……。」
考えながら歩いていたらいつの間にか海岸を離れていたらしい。
しかも目の前には件の洞窟が大きな口を開けて待ちかまえており、
ひんやり、と冷たい冷気がそこから漏れていて、思わずぶるり、と体が震えた。

ああ、どうしてこう間が悪いんだろう。

ちょっぴりついていない自分を恨みたくなる。

……・」

その暗い入り口から、丁度出てきたばかりの少年が、急に浴びた光が眩しそうに目を細め、
それをゆっくりと見開いて視界に入ったを驚いたように見つめる姿を、同じく驚いた表情で固まったまま迎えた。





                                                           2007.6.24
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